感情

喜怒哀楽の感情、自分自身の好みは、どこからきているのか?
たどっていくと、いつかの記憶に、思い込みによって、つくられていることに氣づきます。

人としての、思い、感情は、もちろん悪いものではなく、愛と感謝の意図にそったものは、その喜怒哀楽の感情が、時に、芸術に、人の氣持ちに寄り添い、導くものとして、使うこともできます。

けれども、日々の出来事で、感謝や祝福の意図なく、ただエゴにまかせる感情を生きていると、出来事や誰かが何か言った事に、主導されてる人生、責任の所在は、いつも、外側から勝手におきる、という人生になってしまいます。

現在の自分自身の課題でもあり、目標でもある、感情をコントロールする、とは、外側におきた出来事にただ左右されるだけではなく、圧力ががかるような事がおきても、速やかに、中心たる意識に合わせて感じる感情なのでは、とも感じます。


ただ、我慢して抑えるのでもなく、エゴにまかせた喜怒哀楽でもなく、センターに繋がった、中心たる意識からの感覚を、さらに感じて表現したいと思っています。

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