内側からの世界

人は、とても興味深く面白いもので、人の役にたったり、目の前の人を助けることを行ったりすることを、深く考えずとも行うことがあります。

 
立場が人をつくる、という言葉を聞いた事がありますが、例えば医療に従事する人は、仕事としてクライアントさんである目の前の人を手助けしたり、役立つことを行いますが、そういう仕事についていなくとも、目の前の人を思わず助けたり、親切なことを行ったり、というのは誰もが経験あるのではとも思います。
 
 
それこそは、人の内側に神聖な神が宿る証ではないか、と、ふと思った事がありました。
 
我の意識にひきづられて、我よしの行いを行うこともありますが、人はその内側に神聖な思いをのせて、それを行うこともあります。
 
あらゆる存在のうみの親である、おおいなる存在、神様は人の世の行く末を見守っている、とも聞いた事があります。
 
生かされている奇跡に感謝しつつ、この世界をよき方向に向かう方に行く側の存在として生きていければ、とも思います。
 
自分自身の内側が平穏な時、あらわれる日常の出来事は平穏ですが、そうでなく、波立っていたり、イライラや怒りに囚われている時、やはり現れる世界は、それに似た、混沌と怒りや不信に満ちた出来事に遭遇します。
 
内側から平和な平穏に満ちた時を送り、それが現れることを願い、精進もしたいと思います。
 
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