それは誰が選んだのかな?

家の中を片付けていて、
あるものが目に留まりました。

ある職人さんが造った、とても良い品だ、ということは聞いていたのですが、
氣になってネットで調べてみると、
もうその職人さんは引退されていて、
その方の作品は、今ある在庫が最後ということで、お値段も高騰しているとのこと。
へーそんなすごいものだったんだ、と改めてその品の良さを認識しました。


***


とはいえ、どんなに素晴らしいものでも、
必要ないものを持っていても仕方ありません。


必要なものかどうかの判断基準は、


“今自分の成長成功に必要か?”


そう考えてみると、顕かに不要です。
早速手放そう、そう決めると、
なんだか氣持ちがモヤモヤしてきました。

抵抗感? 罪悪感? 
そもそも、何故私はその品を持っているんだろう???

***

その品は親族から贈られたものでした。
親族は職業柄、その職人さんの品を使うことが多く、
私にもあたり前のようにそれを贈ってくれましたし、
私も幼い頃から目にしてきたものだったので、疑問に思うこともありませんでした。


しかし、そういう環境になかったら、自分で買うとしたら、
果たして、それを選んだだろうか?

そう考えると、
その品に出会い、手にすることは絶対にあり得ない、そう思いました。


ということは
生まれたときから家系の期待や観念の影響を受けて私の中にも家系と同じ“好み”が出来上がっていて、
その“好み”が手放すことへの抵抗、モヤモヤの正体だったのです。


***


それに氣づいたからには、
尚更手放さないわけにはいきません。

ただその品を目の前から無くすだけでなく、
自分の中の観念も書き換え手放していきました。


すると、今まで疑問に思わなかった他のものも
急に違和感を感じるようになり、一掃したくなりました。

身の回りのものだけでなく、
言葉や食べるもの、見るもの聞くもの、
自分が今まで当たり前のように取り込んできたものがいろいろ氣になり、
それぞれ手放していくと、

「もうそれを選ばなくてもいいんだ~」

そんなほっとしたような、肩の荷が下りたような、
す~っと楽になっていく感じがしていきました。


***


身の回りのものでも、使っている言葉、行っている行動、
あまりにもあたり前になっていると、なかなか氣付けないものですが、
止めよう、手放そう、変えよう
と本氣でしてみると、
内側に沸き起こるモヤモヤが、自分の観念を教えてくれます。


今の自分の殻を破り、もっともっと成長成功していくには、
自分の中の制限に氣付き変えていくことが不可欠です。

もっと上を目指していきたい方、ぜひやってみてください^^
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きんとうん