イースターの日、キリストの復活を模してよく使われる卵。
普段卵を食べないのだけれど、
その日はなんだか食べようという気になって、買ってみた。
どうやって料理しようかなーそんなことを考えながら、卵を見ていて、ふと思った。
卵って、殻を割らずに食べることってできない!
中身を使うためには、絶対に殻を破る必要があるんだ!
だったら、「本当の自分」で生きるために、自分の殻を破ろう。
そんな気になった。
すると、今まで見たことの無かった自分の姿が見えてきた。
***
今まで
変わりたいと思っている自分と
このままでいたいと思っている自分が
せめぎ合っているから、なかなか進まない、うまくいかない
そうおもっていた。
でも
「変わりたいと思っている自分」は
実は
「変わりたいと思っている自分が好きな自分」で
「本当に変わりたいとは思っている自分」じゃなかった。。
変わりたい
成長したい
スピリチュアルに生きたい
…
どれも、「そう思っている」、と思っていた自分は
そう思っていると思い込んでいるけれど、
よくよく疑ってみると、
うまくいかせたくない自分に操られている、匠につくりあげられた幻想だ。。。
***
「スピリチュアルに生きたいと思っている自分」
と
「スピリチュアルに生きたいと思っている自分が好きな自分」
似ているようで全然違う!
そう聞けばだれもが当たり前だと思うけれど、
あまりにも、あたりまえに、当然のこととして
「スピリチュアルに生きたいと思っている自分」が自分だと信じ切っていたから
そこを疑うことをしなかった。
そこを疑ってみようとは1ミリも思ったことがなかった。
今自分と思っている自分はただの幻想。
幻想を前提に物事を考えるから
何もうまくいくはずがない。
おおもとの前提条件が違うんだから、
その前提のもとに設定した目標や課題は、やってもやっても自分を成長に導くものじゃ
ないし
やればやるほど浪費する、疲弊する、文句になってさらに状況が悪化する
車の運転をしているつもりが、乗っていたのは船だった!
ようなもんだ。
そりゃー進まないのも当然だ。
それなのに、そこで設定した目標や課題をこなすことにばかり目が行き
うまくいかなければ課題が悪いのかな?目標変えてみようかな?と小手先で何とかし
ようとしていた。
人とコミュニケーションをとる、という課題も
お金を稼ぐ、という目標も
それをしようとする中でうまくいかないことに出会うための手段。
それを行うことで、
今自分と思っている自分は、幻想なんだ、ということに気づくことができる
本当の自分を掘り起こすきっかけとなる。
課題をやれば成長するわけじゃない
そこで、
「あれ?私ってちゃんと車に乗ってる?これ船じゃない?」
って見直し、軌道修正していくことで初めて、変わるための前提条件ができる。
***
それが見えた瞬間、ものすごく納得した。
いままでやっていたことが全然違ったん、
そして、なにをすればいいのか、
何に取り組めがいいのか、今までと違う感覚で、「思い込み」というフィルターが一
つ外れて違うものが見えてきた。
すると、ふーっと心も体も楽になった。
おなかの奥深くにあった卵の殻が、ひとつ、破れ、ほどけた気がする。
***
自分の中の思い込みをはずす、
そう教わって、そういう言葉は何度も聞きいてきた。
自分でもそう思って、そうしようとしてきた。
…と思っていた。
でも、
これも思い込み。
「思い込み」が本質から覆されたような、ものすごい「思い込み」。
自分の内側ってそんなに簡単にみれるもんじゃなかった。
今はがれた思い込みの下にも、まだまだ何層にも思い込みが隠れているはず。
固い殻に覆われた本当の自分を掘り起こす作業。
それが成長する、変化するっていこと。
発掘作業はまだまだ続く。
さてさて、次はどの卵がいいかな〜
きんとうん