選択を変える

少し前、人生最大?とも思える困窮に瀕しました。

そのとき、
「その問題を解決する」という目的を達成するための選択だけをしよう、と決めました。

「優先順位を変える」のではなく、
祈って目の前に顕れたこと、求められていることだけに、自分のすべてを与える
自分の好みや感情で選択することをやめ、
「その目的に向かうもの以外の選択は一切しない」
そのくらいの決意で、徹底して取り組んでみました。

求められたこと、
と言っても、一つ一つはそんなにたいそうなことではありません。
例えば
今食事をとることと休養すること、どちらが求められてるかな?
とか
何かを話すときどんな言葉を使うと聞いた人が癒されるかな?
とか
当たり前のように買っているものも、本当に必要なものなのかな?
とか
この立ち方、座り方、歩き方は求められているからだの使い方かな?
等など
日常の些細な選択の連続です。

明らかに感情が波立っているものはもちろん、好みで選ぶことが当たり前になり過ぎていて、
流されそうになることばかり。
でも、あまりに困窮していると、
何がなんでも何とかしなくては!と、好みなどどうでもよくなってきますから(笑)
自然と意志力が働いて、だんだんと求められることに自分を与えることに意識が向くようになってきたかな、
そう思った頃、問題は快方に向かっていました。

***

ところが、そうやって事態が落ち着いてくると、
また、むくむくと感情や好みが沸き起こってきました。
「めんどくさいな〜」「今でなくてもいいんじゃない?」「まいっか(^^;」

感情に流されることが増えてきました。

すると、あっという間に現実が後戻りし始めました。
仕事のキャンセルが相次ぎ、
体調もなんだかすぐれない、
感情や好みが野放しになり、やる気が起こらない
部屋も散らかる

悪循環が始まります。

「何かおかしいぞ!?」
うまくいっているようにみえていたけれど、
抑圧しているだけでは、本当には何も変わっていなかったのです。

「私は何のために生まれてきたんだ?」
「何者として生きたいんだ?」
それを何度も何度も問い直します。
そして、抑圧してきた感情や好みの源を癒し始めると、
また起こる現実が変わっていきました。

***

感情や好みで選択してきた結果が今の人生。今の自分。
それをやめるから、人生が変わる。現実が変わる。

何度も教えていただいていたことですが、
今まで、困窮したときは神妙になり、それなりに取り組むものの
喉元すぎればまた元の木阿弥
本当に改めるということを全くやってこなかったのです。

だからいつも同じようなところをぐるぐるしているだけ。
それを素直に認め、
感情や好みを捨て、
癒されると現実はすぐに変わる、ということを実感しました。

***

ちょっと事態が落ち着けば
すぐにエゴに押し流されてしまいそうになります。
そんなとき、今回のこの経験は、自分を中心に引き戻す力になってくれています。

日常のどんな些細なことでも、
常に今自分がしようとしていることは、
自分や周りを成長にむかわせているかな?
それを何度も何度も問い直し、
求められたことに自分を与えていくことが当たり前になるよう、
それが自分になるよう、これからも続けて一瞬一瞬を過ごしていきます。


きんとうん