人生の拘りどころ

一日三食。
通常、そういう方が多いかと思います。

一年365日ですから、一年で1095食。
100歳まで生きたとして、一生のうちにできる食事の回数は109500食というわけです。

自分の年齢を考えると、
残された食事の回数は。。。


食事の回数には限りがある!
ということは、1回たりとも無駄には出来ない!!


自称グルメだった私は、そう考えていました。

ですから、
貴重な一食を、つまらないもので済ましてしまうのはもったいない!!
安かろうと高かろうと美味しいお店。
食には徹底的に拘る!
それが私の生きる道でした(笑)


***


そんな食生活をしていた私ですが、あるとき変化が訪れました。
体のこと、健康を考えるようになったのです。


当時の私は、栄養バランスなどには無関心で、
食べたいものを食べたいときに食べたいだけ食べ、運動は全くしませんでした。

当然のように、だんだんと体調が悪くなっていき、
そんな私を見かねた知人に勧められ、ベジタリアンになってみました。

初めは食べたいものが食べられないのは辛いのでは?
と思っていましたが、
体が楽になってくると、苦にならなくなっていきました。


***


しかし、調子が良かったのもつかの間。
今度は別の問題が発生しました。

それは、人と食事に行ったときです。
日本にはベジタリアンのメニューがあるお店は多くありません。
かといって、私の食事情に周りの人を付き合わせるわけにもいかない。
となると、必然的に動物性のものを摂ることになります。

体に良くないものを食べてしまった。。。という罪悪感や、
本当は食べたくないのに。。。という文句。
我慢しているのを悟られないようにしなきゃ、というストレス。

食事に誘われることが苦痛に感じるようになっていきました。


***


そんなとき、第二の転機が訪れます。

自分の体、自分という存在は、
栄養素だけでできているわけではない、ということを知ったのです。


誰と、どんな場所で、どんな目的で食事をするのか。
大切な人と、氣の良い場所で、幸せな楽しい時間を過ごし、
それが人生の糧になっていく。

そんな得難い経験をするうちに、
食へのこだわりより、
人生を本当の意味で豊かにするために、食事という機会を大切にしたい、
そう思うようになり、
何でも美味しく、楽しく、何より、感謝していただくことができるようになったのです。


そして、口にするものだけでなく、
目にするもの、耳にするもの、肌に触れるもの、
見えない氣というものにも、意識を配るようになり、
健康というものの捉え方も変わっていきました。


***


グルメだった頃の私を知る人が今の私を見ると、かなり驚きます。
食事もさることながら、何より、当時とは比べものにならないほど元氣で健康的、
そして考え方が以前と違い前向きだからです。


食に拘っていた時のことを自分で思い出してみても、
好きなものを好きなように食べていたように思っていたけれど、
実は、とっても不自由で、考え方も凝り固まっていたな、と感じます。


どんなに素晴らしい食材でも、
不要な拘りから取り入れるものは、自分を不自由に、不健康にしていきます。


何を大切に生きるか。

そのために必要なものなのか、不要なものなのか。

要らない拘りをどんどん捨て、
自由になっていきたいと思います。

 

きんとうん

 

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